むかし語り(八)2010/09/10 22:40

 国は乱れていた。常にどこかで争いがあり、家や田畑が焼かれ、人は逃げ惑う、それが常のことだった。村が享受していた平和は永久のものではない、かつて自らの曾祖父とともにこの地に逃げてきた祖父は、誰よりもそのことを理解していた。祖父に年の近い者たちは直ちに荷造りを開始した。若い者たちはおさまらない。何故この住み慣れた土地を捨てて逃げねばならないのか、我々は技を持つ者、王もこの村に手を出す筈がない、今までずっと大丈夫だったではないか。
 祖父は静かに首を横に振る。今までとはどのくらいの期間をいうのか。お前たちが生まれる少し前までは、若い男は根こそぎ兵隊に取られ、残ったのは女子供と老人だけ、日々の暮らしに追われながら、生きる道はこれしかないと皆で手技を磨いた。その積み重ねが王に認められた、だがそれは、技術を重んじる今の王の間だけだ。王は今謀反にあって戦っている、相手は強く王は劣勢である、もしこのまま負けるということになればこの村はただでは済まない。謀反人は我々の手技など歯牙にもかけない、民は力で抑えればよいというお方だ、例の隊長のようにな。祖父は一気に言い放つと、白馬の生首を指さした。見るがよい、あれが此処にあることの意味を考えろ。あの白馬の持ち主は、今の王に弓引く者であると、都でわしは聞いた。
 長い沈黙の後、若衆の中でも一番賢く腕ききで、人望も厚い男が口を開いた。つまり我らの村は謀反人に敵方だと思われている、そういうことか。祖父は微動だにしない。男は更に言った、いや思われている、のではない、お前らは敵だと、向こうはすでにそう決めているのか。祖父は頷き、穏やかだがよく通る声を上げた。
 謀反人の軍は既に近くまで押し寄せており、あの山を越えてくるのもすぐだ。もはや一刻の猶予もならない、皆この土地を捨て、逃げるのだ。山が駄目なら何処へ、赤子をおぶった女が怯えた顔で問うた。祖父は答えた、海だ、海に逃げるのだ。海の向こうには人の住む大きな島があると聞いたことがある。必要と有らば海を越え、二度と追手のかからない遠くへ逃げよう。弟は祖父のすぐ側で、反りくり返らんばかりにその顔を見上げていた。