いろいろと御礼2017/11/15 21:39

イベント続きだったこの数日間、気が付くともう11月も後半。さすがに朝晩寒くなってきましたね。

まずは
Asian Home Furnishings Sale 2017@東京アメリカンクラブ売り場
当日はあいにくの雨模様にも関わらず沢山の方にお越しいただき、誠にありがとうございました!お蔭さまで大盛況のうちに終えることができました。今年は家具中心でなおかつ一日だけだったせいか?例年より外国人のお客様が多く、
あ、やっぱり英語必要じゃん
と実感したのでこれから頑張ろうと思います(←今頃?!)。
ちゃんと越前和紙の説明が出来るようにしないとね(←ってこれも今更?!)。
ほら来年9月には長田和也の個展もありますし、同じ東京アメリカンクラブのB1「フレデリック・ハリス・ギャラリー」で(宣伝)。

こちらのギャラリーでは月替わりで日本人作家によるアート作品が展示されているのですが、何とレセプションにわし太夫娘ともどもお招きいただきました(わし太夫は所用のため帰福)。
Takako Takeda & Satomi Kuze@Frederic Harris Gallery
ビスクドール作家の武田孝子さんと木の実とブリヨンフラワー作家の久世聖美さんの二人展(~11/27、11:00~21:00、最終日17:00まで。11/22のみ入館不可)
久世さんたちとの出会いはアメクラバザー。たまたまお店が近かったこともあって即席コラボ
久世さん作のボトル飾りをオーナメント代わりにつけた長田の白いツリー
をやってみたら見事二つまとめてお買い上げ♪と相成りました。
奇跡のエピソードにすっかり舞い上がった私たち、久世さんの
「ここのギャラリー、応募してみたら?長田さんならきっと大丈夫!」
という甘い囁きにうっかり乗ってしまい。まあ審査もあるしたぶん無理だよねーうんダメ元で!と申請してみたら何でか通ってしまい。二年先かーまだまだだなーなんて思っていたら、あっという間にえ?もう来年?になってしまい。私たちの心中を察してか、
「来年に少しでも役立つように♡」
と、ご多忙の中久世さん自らSaleにお越しいただいてのお誘い。
会員専用エントランス側
レセプション当日も、あまりにラグジュアリーな雰囲気↑に内心大汗&修羅場な私たちにさりげないお心遣い、まさに神対応を見せていただきました。本当にどこの女神さまでしょうか。
久世さんの挨拶
他のお客様たちもギャラリースタッフの方がたも、不慣れな私たちを快く受け入れてくださり興味深いお話を沢山聞くことができました。久世さん、武田さんをはじめ皆さまには感謝しかありません。ありがとうございました。来年に向け、わし太夫ともども頑張ろうと思います。

こちらもうかうかしていたらもう来週…
越前生漉奉書の人間国宝・岩野市兵衛さんが東大駒場祭に降臨!
主催はもちろん、東大生が襖張ります!でおなじみの「東大襖クラブ」。
東大襖クラブ駒場祭チラシ
わし太夫修行@都内時代の微かな縁の糸がふとしたきっかけで繋がり、九月には越前市大滝町で史上初の襖張替合宿を実現するに至り、ついには駒場東大へと道筋をつけました。岩野市兵衛さんはご高齢ということもあり講演等は控えていらしたのですが、地元で襖クラブ部員と交流された中で若者たちの並々ならぬ襖愛に意気を感じられ、今回特別にご承諾いただいた次第です。おそらく最初で最後のこの企画、どうぞお見逃しなく!若くて可愛いわし太夫娘も現地におりますよ!

さて、その岩野市兵衛さん降臨の影の立役者となったのが母「現代の名工」長田榮子さんである。市兵衛さんとは夫婦ぐるみでスープが冷めないどころかぐつぐつ煮立った状態で行き来可能というほどの距離感で(比喩です 笑)、コラボ製品を作ったり旅行に出かけたりと大変仲良くさせていただいているようです。
その榮子さん、長年真面目に紙を漉き成果を上げてきたことのご褒美として
黄綬褒章
をいただくことになりました。式典のため前日の11/13から東京都入り、迎えに来たわし太夫娘=孫と水入らずで東京の夜を満喫♪
翌朝、着付けを済ませいざ厚生労働省へ。そこはスーツ姿のビジネスマンたちが行きかう日本の中枢・霞が関のど真ん中。
霞が関・厚労省前
いやーこういう時はホントお着物イイ!私も着付けをやり直そう(決意)。
厚労省前の榮子さん
2Fの講堂にて日の丸を掲げたステージ前に総勢300名余の正装した男女、中々の壮観でした。「褒章伝達」(名前を読み上げる:受賞者は立ってお辞儀)、「物品伝達」(一人一人に厚労省職員三人がかりで賞状を授与)等々独特の言い回しも興味深い。
いただいた賞状(というのか?)、主語が「日本国天皇」というのがまず凄い。さらに「紙手漉工」と入ってる。ちゃんと業種を書き分けてるんですね。最後に極め付け「内閣総理大臣 安倍晋三」よ奥様!(興奮)。
帯の向かって右側に付けているのが黄綬褒章。小さいですが重量感あり、裏に「長田榮子」の名入りです。
黄綬褒章いただきましたby榮子さん
ここでわし太夫娘は帰宅、母と娘とでバス乗車しいざ皇居へ!バスから降りたら写真撮影一切禁止なのでバスの中でパチリ。う、映りが…あいにくの雨で暗かった…正面にかすかに門が見えるのわかるかな?
正面に門が!
車窓から。テンション上がるわー。榮子さんもニコニコ。
褒章伝達式は厚労省だけでなく、防衛省・金融庁・財務省・国土交通省等複数の省庁が同じ日にそれぞれ行っていたらしく、広場にはたくさんのバスがずらり。順番が来るまでバス内でしばし待機。この場所がどこかというと(↓ネットから拝借)
一般参賀の模様
ここなんですのよ奥様!
一般参賀でおなじみの皇族方がお出ましになられている窓、案外低いところにあるので驚きました。何もない状態で見ると手が届きそうな、すぐ目と鼻って感じ。そりゃ沢山人が行くわけだ。私も行っちゃおうかしら来年。
そんなこんなで結構長い時間バスで過ごしたあと、やっと中に。入口の広いロビーには大きな階段。通路に敷いてある浅黄色というのでしょうか、黄色みがかったベージュ?の絨毯はふっかふかなのに沈み方が優しくてとても歩きやすい。そして二階の長ーい廊下!そこから見える中庭!うわーもうこれ最初で最後よねきっと、とかみしめつつなるべくゆっくり歩く。
そして到着、春秋の間(↓宮内庁HPより)。
春秋の間:宮内庁HPより
既に沢山の人で埋まっていました。ここに陛下が…と思うとドキドキでしたが、私はしがない?付き添いなので御拝謁中は別室で待機。残念。

とはいえ実を言うと、長田家は今上陛下・皇后陛下のご訪問を賜ったことがあります。両陛下がまだ皇太子同妃両殿下であらせられた昭和55年、植樹祭のため福井県に数日滞在され、紙漉きの工場をいくつかご覧になられました。私の父は両殿下を先導し工場内をご案内。何と紙漉きも少しなされたようです。私たちは玄関先でお出迎えとお見送り。
当時中学生だった私、部活動顧問の先生に「家の用事で休みます」と言ったら何で!と詰め寄られたので
「なんかーウチに皇太子ご夫妻がいらっしゃるみたいでー」
とまるで親戚が来るようなノリで答えたところ、そこにいた全員が先輩も含め
それは大変!すぐ帰りなさい!
となったので、ちょっぴり気持ちよかったのでした(笑)。

それからもう四十年近い月日が流れ、その間母はずっと紙漉きの仕事を続けて本日の栄に至りました。母だけでなくその場にいた全員、同じく日々仕事に勤しみ一生懸命生きてきた人たちであり、それぞれに誇りと、長年周囲に支えられてきたことへの深い感謝の念をお持ちです。それが皇居という場の力、日本国の象徴である天皇陛下が纏われる光とも相まって、ぴんと張った清浄な空間ではあるけれどもどこか和やかな空気をつくり出していました。単なる付添いの私まで、細い細い何本もの糸が精緻に繋がって今ここにいるのだという実感が湧き、とにかくいろんなものに感謝したくなる、というかすべき!と思えてくる。褒めて育てるというやつ、私はあまり信用していなかったけど、全力で褒められるということはここまで強大なパワーを人に与えるのですね。だって天皇陛下にお褒めいただくということはつまり、日本国そのものに褒められるってことですもんね。私もおこぼれだけでもいただけて本当にラッキーでした。

ただでさえパワフルな榮子さんがさらに大きな何かを長田製紙所に持ち帰りました。一同、今まで支えていただいている皆様への感謝を力に変え、ますます精進してまいりますので、どうぞ今後とも応援よろしくお願い申し上げます!

続いてきた理由【特別篇】2017/11/29 15:47

ひとつ前の記事でご紹介した
「越前和紙人間国宝 岩野市兵衛さん×東大襖クラブ@駒場祭」
盛況のうちに無事終了いたしました。お忙しい中参加してくださった皆さま、誠にありがとうございました!
駒場東大11号館 看板
 当日11/25(日)、私は諸般の事情にて午後の部から参加。折しも午前中の人身事故で止まっていた井の頭線が動き出したばかりで、渋谷はいつも以上の人…と思ったら、乗客がほとんど駒場東大前で降りるじゃありませんか。狭い駅舎は人で満杯。聞くと三日間で15万人以上の人出らしい。正門から11号館はほど近いが大量の出店と人波に阻まれる。恐るべし駒場祭の集客パワー。
 辿り着いた1101は200人ほどのキャパ、大学の教室としてはこじんまりしている。入退場自由なのでドアは常時開放、外の賑やかな声が入る。瞬間、大丈夫かな?気が散らないだろうかと心配に。
しかしそこはさすがの市兵衛さん、口を開くや流れ出るその言葉に誰も彼も引き込まれてしまう。難しい言葉は何もない、ごくごくシンプルな語り口で時々ユーモアも交え、言葉がすんなり頭に染み込む。当ブログで「続いてきた理由」というシリーズをつらつら書いてきましたが、まさに岩野市兵衛さんという存在そのものが、越前和紙の続いてきた理由でした。以下に一部要約を載せますが、実際に耳で聞いた方がずっといいです。

〇楮100%に拘る、製法に拘る
奉書といえば楮だが、100%のものは今は少ない。国産楮は職人の不足により生産高が激減しているが、四季のある日本で育った楮は皮が柔らかく、使う薬品も少なくて済むので今も何とか手に入れて使っている。
楮は繊維を長いまま残すため大部分を手作業で叩く。でんぷん質が残っていると虫が食うため、流水の中で塵取りをしよく洗う。水と原料を混ぜ合わせるためトロロアオイやノリウツギといった粘性のある植物の液を混ぜてかくはんし、一枚一枚厚みを確認し加減を調整しつつ紙を漉く。こうして何層にもなった楮100%紙は薄くめくることができ、虫食いもせず保存性が高いことから、今は版画用紙だけでなく美術品の修復にも使われている。(ルーブル美術館等に納めている)
〇需要第一
「求められるから」作り続けている。世の中がどんなに変わろうが、便利なものがたくさん出てこようが、顧客の求める品と品質に応えることが使命である。
〇越前和紙の職人の強み
越前和紙が1500年も続いてきたのは、紙漉きに向いた不純物の少ない豊かな水の恵みと、どんな難しい紙でもやってのける職人の技術と気概があったから。大変な仕事なので今後ますます職人は少なくなっていくと思うが、どこからでも来て紙漉きをやってほしい。

 市兵衛さん、とにかく年齢を感じさせない。受け継がれた知見と経験に裏付けされた数値がポンポン出て来る。かつて職人は商人でもあった、一人で何役もこなしたと以前書いたが、まんまその通りのお方。帰りは姪とともに東京駅までご一緒したが、電車の中でも背筋シャキーン、人混みをすいすいと通り抜け、どっちが送られてるのやらわからない体たらく。別れ際素晴らしく美しいお辞儀をされ恐縮する私たちに、家にお土産を買っていくからとさーっと軽やかに階段を下りていかれた。
「人間国宝というのは製造工程が認定されたというだけで私という人間のことじゃない」
と謙遜なさっていたけれど、いやいや正真正銘、日本の宝です。どうぞいつまでもお元気で!というか私体力も気力も圧倒的に負けてる…私の方がお元気しなきゃ…。

参考までにこちらのリンクもどうぞ:
市兵衛さんご愛用の那須楮を作っている斎藤さん