続いてきた理由 十二2019/01/17 21:39

よくよく考えたら、十一の続きを書くのをすっかり忘れてました。あれじゃ単なる懐かし紀行文に。まあ別に大したこと書いてないですけどいつも(笑)

そもそもこの帰省は、
「亡き父の資料整理をするための整理のための調査」(※誤字ではありません)
を主目的としていたわけですが、ちょうど開催されていたRENEWというイベントもついでに観たいよね!てことでお出かけ。
実家より車で20分くらいの河和田町は既にRENEW一色。
カワイイ巡回バスが走っていたり
こういうディスプレイが至る所に。
本部はこの漆器会館。中々お洒落ですね。
土曜日ということもあり沢山の車と人。しかも圧倒的に若者が多いことに驚き
絶品の山うにたこやき。わし太夫、ごちです♪
普段は静かな田舎町が、ちょっぴりメイクアップして、扉を開き風と人を通し、テントを立てて飲食を振る舞う。お洒落なポスターや看板やPOPがあっても、取り囲む山や川の風景は昔から変わらぬ姿
いつからか実家に戻ると、何百年も前にここにいて、山や空を同じように観ていた人がいたんだよねーと感慨にふけるようになったのだが、ここに来て唐突に、自分もその歴史の一つを今まさに刻んでいると実感した。何年も先に、未来の誰かが同じように今の私に思いをはせたりするのかもしれない。飾られるもの、集う人はかわっても、続いていくかぎりはきっと。

福井県というところは不思議な所で、歴史を調べれば調べる程掴みどころがなくて、よくわからなくなる。京都にほど近く海にも面していて、外との交流は昔から盛んだった。大企業こそ少ないが、何かしら商売をやっている家の多い、まさに商工業者の県。政治的にもさして目立つことはないが、何故かここという時に一定の役割を果たしている。何気に教育レベルも高い。田舎独特の閉鎖的な部分もなくはないが、外から良いものや人を呼ぶことにかけては躊躇わない。こういう「市場」的なものをやるにはまさにもってこいの力量と気質があるのだと思う。
元々市場は物の売買を介して誰もが平等であることを神に許された「場」であった。地元の神様が現役バリバリで活動してらっしゃる福井は、まさにうってつけの商いの場である。皆さま、そんな福井へ是非お越しを。

2019年2019/01/07 12:57

昨年度は沢山の皆さまに大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
画像は、北陸新幹線からの白山連峰(たぶん)。
実家で写真や資料の整理をして思ったこと。

出して・まとめて、捨てる/しまう。
何も見ず全部捨てるというやり方もアリなのかもしれないが、作業できる時間と空間と手があるならばまず出して、いちどは日の目を浴びさせた方がいい。故人のものなら特に、その人の生きてきた積み重ねでもあるから。そしてその積み重ねの中には自分も必ずいるから。まさに今その上に、日々積み重ね続ける自分が存在している。
断捨離を否定はしないけど、保存するかどうかを
使う・使わない/役に立つ・立たない
で判断しがちなところにはやや危機感を覚える。自分はどこから来たのかどう作られてきたのか、今自分が立っている場所はどう築かれてきたのか、を考えることは案外大事なことではないかとこの年になってつくづく思う。
世の中の殆どの事象はかつて誰かがやったことの焼き直しでしかない。新たな発見や発想も、必ずそれまでの歴史が土台になっている。起源=originを常に意識し容易にアクセスできるよう整備しておけば、その時代を踏まえた【根拠ある】新しいものが自ずと生まれ来るのではないか?

とはいえ、目下の所整理は全然・全く終わっていない(・・;)新年だし、専用カテゴリー作っちゃおうかしら…。

神と紙のまつり2018 その5(終)2018/10/05 16:31

5月5日、続き。
大瀧神社を出て、新在家、定友、不老と廻って来た神輿。岩本神社にて、ついに最大のクライマックスを迎えます。
岩本神社の急な階段を上る神輿。奥にあるお社にお参りを済ませ、ちょっと休憩したら
とりま回る。
廻る。
いい感じに回ってます(いろいろと
おいさーおいさ
おいさ、おいさ
まだまだ回る
おいさおいさ
おいさおいさ、
まだまだいくぞー
帰らん帰らん
もうちょっといよさ、いやいやもう行かな
少しでも長い事いらしてほしい、我らの神様
押し合いへし合い、やっと鳥居の階段を下りて再び参道へ。大瀧神社に向かいます。担ぎ手は疲労困憊のはず、あと一息頑張れー。
大瀧神社に帰って来た神輿。日もとっぷりと暮れた。
里宮での神事を終え、ついに奥の院への帰途に就く。
権現山の上り口に、名残を惜しむ人の波。
ひとしきり回り、夜の山に帰っていく。お蔭様で楽しいお祭りでした、道中お気をつけて。ごゆっくりお休みください。

紙の神様は女神様、越前和紙の紙漉きは女性が主体。昔から男性と同じく手に職を持ち共に働いてきた。だからこの土地では古来から女性も強い。

廻り神輿は五箇の神社を巡る。各々の集落で川上御前を乗せた神輿を少しでも長く引き留めたいとせめぎ合う。全走行距離5キロはあるだろうか?それから権現山のつづら折りをえっちらおっちら、奥の院までお送りする。途中休みはあるにしろ、お昼過ぎから夜九時前までかかる、かなりの重労働だ。
大祭だから特別ではない。年に一度の春祭りも同じ。それをずっと続けてきた、1300年も!
金がどうの利益がどうのではなく(それも大事だけど)、自らに与えられた役割に対して相応の働きをこなす、男女限らずそういった「仕事」へのポテンシャルもリスペクトも高い土地だ。その根本であり象徴である川上御前への愛の強さも、当然であり必然なのである。

【参考資料】
千参百年大祭チラシ
紙祖神岡太神社・大瀧神社 壱千参百年大祭・御神忌
(発行:壱千参百年大祭・御神忌実行委員会)

神と紙のまつり2018 その42018/10/03 16:04

ついにお祭りも最終日。朝から抜けるような青空。

5月5日
触れ太鼓の音からまもなく、やってきた。
大祭なので神輿は二台、
時間差をつけてやってくる。
前回の大祭時は休憩所だった、
我が家の前で「もんで」くれた神輿。
ありがとう、きっと父も喜んで観ていたと思います。
この後神輿は五箇を廻り、最後に大滝神社へと戻ってきます。
まだ先は長い。

というわけで唐突にお峰上り。
といっても私は上ってないんだけれども(笑)此処に住んでいる間はほぼ毎年上っていた山ですので、手に取るようにわかる。これはお峰の登り口へと続く道、左側は大瀧神社境内。
権現山、登山道入口付近です。
道の右側、川の流れる音が聞こえます。緑が綺麗
五月はお峰上りに一番良い季節。
咲き乱れております。
山道に入りました。ここをくるりと回るといきなり結構な勾配に、
「山伏岩の跡」
昔は女人禁制だった奥の院。この辺りに山伏が立ち検問していたそうな。
どこまでも続くつづら折り。
暑い位の日差しも、うっそうとした木々に遮られ
爽やかに森林浴
ここを神輿担いで上り下りするんですのよ。
見上げると木々の間から抜けるような青空。
「神馬・神くらの化石
神を乗せた馬がここに立って里山を守っておられたそうです。今は崩れて原型を留めておりませぬが。
展望台。
中間地点の鳥居。
一休みしたら木漏れ日の下もうひと頑張り。
「神馬の足跡」
神代の昔、この山を巡って神争いがあったという。その時日野山上より飛来された神のまたがった馬の足跡、だそうな(誰が勝ったんだろう)
麓の景色がちらり。けっこう高く上ってきたことがわかる
もう一息
「み火たき所の跡
ここまで来たらもう目と鼻の先!
いわゆる「極楽坂」。平坦になった道、おわかりいただけるだろうか
下っている部分も。
かつて四十七坊という威勢を誇った「大瀧寺」、昔はこの辺りにも建物があったのだそうな。
着いた!
さあ奥の院へ
手水所。ご不動さんがいらっしゃいます
大瀧神社本殿。
右側に、川上御前がいらっしゃる岡太神社。
左に八幡神社、その脇を少し上ると御神木の大杉がどーんと立っております。権現山頂上付近についてはこちらのブログ記事を
(素晴らしいブログです!必見)

下りはちょいと余裕をみせて
眺めを楽しみつつ
次回は私も登ろうっと。体重落として体力つけないと(泣)。

さて御神輿は今どのへんかな?
次回へ続く!

神と紙のまつり2018 その32018/10/01 20:04

さて大祭も中日でいよいよ佳境。雨もすっかり上がって青空の見える朝。
大瀧神社入り口

五月四日
例大祭
神饌献饌(神様へ供物を捧げること)
神輿殿より、順繰りに
お社に近づくにつれ、受け取る人の年齢が上がっていくと思われる
2009年の時は、この中に父もいた。
何処かで観ているかな。きっと神様のすぐそばの特等席で。
浦安の舞を舞う巫女さんたち、
紙漉きを教える「紙能舞」を舞う川上御前
教えられたとおり紙を漉く「紙神楽」、紙漉き歌も朗々と。
みんな地元の小学生たち。
唯一無二の時と場と人、順繰り順繰りに繋がっている。

今夜は文室の川上御前がお帰りになられる。御名残り惜しむ奉納の楽と舞



次にいらっしゃるのは20年以上先。あちらにもお帰りを今か今かと待っている皆さまがいらっしゃる。どうぞ道中お気をつけて、また逢う日まで。
【参考資料】
千参百年大祭チラシ
紙祖神岡太神社・大瀧神社 壱千参百年大祭・御神忌
(発行:壱千参百年大祭・御神忌実行委員会)