ようやく再開2015/06/25 22:04

私事ながら、2014年は超のつく多忙な年でした。気づけば半年以上もブログ放置…6月現在、暇かと言われればそうでもないですが、兎にも角にも四の五の言わず再開しようと思います。週一更新を目指します。我ながらハイハイそーですか頑張りなさいねーって感じですが(^_^;)はい、頑張ります。
というわけでちょっとリハビリといいますか、復習。
「福時〜福井時間をご一緒に〜」
2015年4月25日(土)ー27日(日)@ふくい南青山291
今年で四回目の参加となりました「福時」、今回の目玉といえばこれ、襖付きの茶室!
実はこの設営、たまたま見学に来ていた東大襖クラブの若者に手伝っていただきました。いやたまたまというのは嘘で、しっかりガッツリお誘いいたし半ばムリヤリ来ていただきました。それというのも、東大で60年の歴史を持つこのクラブ、なんとなんとわし太夫が東京修行時代に勤めていた会社のお得意先!
「まだ続いてたんやー!すごいなー!」
ってなぜもっとそれを早く言わないのかわし太夫…挙句にちゃっかり働かせちゃって、ええもう本当にもったいないご縁で。

その後、東大五月祭で行われた実演を見ましたが、予想をはるかに上回る(すみません笑)立ち見も出るほどの大勢のお客様の前で、それはそれは堂々たる職人っぷり、感動いたしました。しかもそこに置いてあった見本帳、どこかで見たなと思ったらうちの和紙が入ってるやつ!

ご自宅にお邪魔しての作業となる襖張り、時間帯も女子供しかいない日中が多いと思われますが、日本最高学府にて60年以上続く老舗クラブという圧倒的な信用度・リーズナブルな価格さらに技術面も折り紙つき(入部するには、三ヶ月みっちり研修を受け最終的に襖張りテストに合格しなければならない)、元々は苦学生のために作ったそうですが、今となっては日本の伝統工芸を支える一端にもなり得るのではないでしょうか。襖クラブの皆さま、ますますのご活躍を期待しております♡今後ともよろしくお願いいたします!

さて次は、こちらもひょんなご縁(先の記事に掲載♪)で伺いました。
二代目半泥子の焼物 喜寿展
2015年5月11日~16日@小津ギャラリー

恥ずかしながら焼物に何の素養もない私、姪っ子と一緒にただふらふらと行ったのですが、場所は日本橋・老舗の和紙専門店「小津和紙」二階。入ってすぐのところに小さな漉き場があり、中学生らしき子どもたちが職場体験の真っ最中。店舗部分はシンプルながら見やすく選びやすいレイアウトで品揃えは恐ろしいほどの充実度。関東圏に住んでもう何十年にもなるというのに、東京のど真ん中にこんな場所があるとは知りませんでした。

川喜田半泥子の名前だけはかろうじて存じ上げていたものの、お孫さんであるご本人とはまったくの初対面、どう話しかけたらいいのかドキドキしながら展示していたものをつらつら眺めていたら、カラフルな浮世絵風版画の説明書きに「越前奉書」の文字が!
最高級の和紙と印刷を頼んだ版画はすべて、当時の従業員全員に惜しげもなく配られたそうです。それにしても百年近く前の版画がこれほどまでに色鮮やかに、極めて良い保存状態でそのお孫さんの手に入ったこと自体が奇跡。並々ならぬ繋がりを感じます。

実を言うと私にも、この焼物展に至るまでいろいろと出来過ぎ?!の話が…。
4月にやっていた半泥子さんの特集番組をたまたま見た
→GW、谷川温泉に家族旅行。帰りにたまたま立ち寄った「天一美術館」にて
「初公開 半泥子からの書簡 作品とともに」
という企画展が開催されていた。

和紙工場の娘といえども、特に専門的な知識や経験があるわけでもなく、ましてパッと見ただけで使われている和紙の種類や産地等がわかるわけもなく、半泥子さんの半端ないこだわりのほとんどを理解できないのはちょっと悔しかった。はっ!もしかしてもっと勉強せいと言うことで呼ばれたのか!この一年いろいろサボっていたし何とかしなくちゃですね。が、がんばります。
お誘いいただいたUbiさん(ナイスタイミングでした!)、
右も左もわからない無知な私たちを快く迎えてくださり、興味深いお話を沢山してくださった二代目半泥子さま、本当にありがとうございました!益々精進いたします。

久々の更新、最後はもうひとつの和紙専門店「はいばら」。
5月20日より日本橋にリニューアル店舗オープン。わし太夫作の大きなタペストリーが飾られています。紙の向こうにうっすらと「はいばら」の文字が見えます。
店内での写真撮影禁止なので、はいばらさんのFBより拝借。
実際に店舗に入ってみましたら、あれもこれも欲しくなる、絶妙な品揃え・価格づけ・レイアウト。何も買わずに出て行くのは大変むずかしいです。はい、お察しの通り私も買いました!正方形のぽち袋とちいさい蛇腹便箋(箱入り)。カワイイ!抗えない!

銀座の伊東屋さんも最近大幅リニューアルしましたし、紙にまつわるいろいろなものが、今までとは様相を変えた形でその世界を広げていっているような気がします。長く続いた不況を何とか乗り越えてきた越前和紙、これからも続いていくための仕事に、微力ながら関われればいいなと思います。
とりあえずいろいろと勉強ですね!

和食の文化2014/01/08 16:09

ユネスコの無形文化遺産に登録された「和食」。このニュースを聞いたとき、家では
「和食って…何?」
という話題で盛り上がりました。たまたまその日の夕食が「麻婆豆腐」だったこともあり(笑)一般家庭は和食ばかりというわけじゃないよね、と。そりゃ年末には福井で越前ガニたらふくいただきましたけど、海なしさいたま在住の一般庶民である私ら一家としては、これ完全に非・日常ですし。

ところがその認識はおお間違い。登録されたのはいわゆる個別の和食メニュー(寿司とか天ぷらとか)ではなく
「日本の食全体にまつわる文化・習わし」
とのこと。
くらし☆解説「ユネスコ文化遺産”和食”とは?」(NHK解説委員室)より
【和食の推薦理由】
1.新鮮な食材と調理
2.優れた栄養バランス
3.美しさ・季節の表現
4.年中行事との関わり

例えば正月の行事。
もちつきをしたり、雑煮の用意をしたりするのは、正月を迎える上で欠かせませんね。
新しい年になり、美しく盛りつけられたおせち料理を食べることは、家族のきずなを強めることにも役立っているといいます。
こうした正月などの行事は、食との関係が深く、地域によってさまざまな特徴があります。
これらの食にまつわる文化には、自然を尊重する日本人独特の精神が表れていて、世界の多様な文化のひとつにあたると評価されました。
その食文化が世代を超えて受け継がれ、地域やコミュニティーの結びつきを強めているとして、今回、無形文化遺産に登録されたのです。
福井の雑煮は味噌仕立てだけど、うちの夫の郷里はじゃこで出汁をとったすまし汁。どちらも美味しい!

そしてこのしつらえ。畳、障子、床の間、そして襖。
区長である兄は地域の年賀会に出席、たくさんのお客様を連れてきた。迎えるはビールとお酒とお節、プラス目にも舌にも美味しい義姉の手料理(画像が無いのが惜しまれる!)。皆さまよく食べよく喋りよく笑い、しまいには謡いまで飛び出して、存分に楽しまれたようです。
和食の文化はとどのつまり日本の伝統そのもの。今年はいろいろと日本的なものを見直し、陰に隠れ消えかけているものが再び表舞台に引っ張り出される、そういう年なのかもしれない。

というわけでそこの奥さん、いっちょ襖換えてみましょうか♪ここでもよし、わし太夫ブログでもよし。いつでもご相談承ります♪

謹賀新年2014/01/07 10:28

大変遅まきながら…(もう七草ジャマイカ(^_^;))
新年あけましておめでとうございます
このブログを御覧になっている皆さま、
いつもこのような過疎地においでいただいてありがとうございますm(__)m
今年こそ「わし太夫」を見習って更新の頻度を上げようと思います。と、去年も言ったような気がしますが、頑張ります!
本年もどうぞよろしくお願いいたします

年の瀬のしあわせ2013/12/29 10:12

秋のある日、届いた一枚のハガキ。都内に住む高校の同級生からだった。
「フランス額装の展示会を友人たちと開催することになりました」
元は関西にいた彼女、旦那さんの転勤で都内に住んでいる。毎年の年賀状に「今年こそは会おうね」と書くばかりでなかなか顔を合わせる機会もなく数年が過ぎていた。これはちょうどいい♪と出かけてみたらば。

んまあなんてオシャレなギャラリー!無垢木の床、白い壁に飾られたカラフルな額縁。
お土産に持っていったeicoバッグが似合うこと♪

久しぶりに会った彼女は、相変わらずキレイで大きな目をパッチリあけてよく喋りよく笑い、ぜんぜん変わってなかった。だけど彼女が年月とともに積み上げたものは、確実に形となっていて。
Galary Hatch」という名のギャラリー、場所は飯田橋と市ヶ谷の間、昔武家屋敷が立ち並んでいたいわゆる「山の手」にある。
私の通っていた大学も会社も、実はここからほど近い。当時、相当にいろんなところを歩きまわっていたはずなのだが、この一角は初めて来た。こういうことでもなければまず通らない道。さては呼ばれたか?!

さらになんと彼女、GWの「掘り出し市@越前和紙の里通り」の常連さんであることが発覚。武生の実家に帰るついでに、額装に使う紙を毎年沢山お買い求めになっているとのこと。
ちょ、早く言ってよ!ていうか直接買い付けに来たらいいじゃん★などと盛り上がる
→その話を聞いたeicoさん、ノリノリで自作の和紙の額装依頼
→インターナショナルバザーに出品
業界?は違えど同じ創作の道、その丁寧な仕事と確かな手技に母いたく感心しお買い上げ、さらに数枚お願いすることになった。完成は3月頭、楽しみだ!

ギャラリーで作業中の彼女の元を辞したあとは、市ヶ谷・麹町郵便局裏にあるフレンチレストラン「シェ・オリビエ」にてアメクラバザー打ち上げ。
このレストランを打ち上げに使うのは三回目。相変わらずの雰囲気・お料理そしてデザート。2009年の開店以来ずっとこのレベルを保ち続けることは、並大抵ではないだろう。ここにも職人の技と心意気。居心地のよさについついお喋りに花が咲き、ランチタイム最後まで居座ってしまった。ごちそう様でした♪
バザーお手伝いのみなさま、いつもいつもありがとう!感謝、感謝です!これからもよろしくです♪

さて今年もいよいよ押し詰まり、新年まであと3日。今日の関東は快晴!
皆さま、本年も大変お世話になりました。来年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。

よいお年を!

なくしたものはありますか?2013/08/07 09:59

「雁の寺・越前竹人形」(1969・昭和44年) 水上 勉

大正から昭和初期にかけての福井県の情景と、腕のいい職人の技の描写はさすがの水上作品。この本、実家にもあるのでおそらく一度は読んだことがあるはずなのだけれど、どういうわけか全然まっっったく覚えていない。理解できなかったのか、はたまた途中で挫折したのか定かではないが、大人になり、もう地元で暮らした年月より外での生活の方が長くなった今では、本当に読み応えのある一冊だった。

【以下、ネタバレあり】※ご興味の湧いた方はこの先読まず、お試しあれ♪




いずれも、「母親」にまつわる「完全犯罪」のお話。特に「雁の寺」はエピソードの順序を変えれば、まんまミステリーになり得る。有名な画家の描いた襖絵のある寺の和尚が、ある日ふっと行方をくらました。残された囲われ妻と少年僧はそれぞれに事情を抱える。果たして真相は・・・といった具合に。だけど、これはこれでいいのだろうな。淡々とした日常の中で殺人を犯す人の心理の「わけのわからなさ」が、わからないままぼやけて消えていく。現代より人間関係の濃密な田舎でありながら、殺人そのものが誰にも知られず、手を下したものが不審を抱かれたり疑いをかけられることもなく、おそらく良心の呵責もさほど感じることなく、ただ時の流れに押しやられる。謎はすべて解けた!というような明快さはどこにもないが、ゆるやかに破滅に向かう登場人物たちとともに、話に引き込まれていく感じがなんともいえない。
「越前竹人形」の方はそれよりは多少明るいとも言え、何倍もドロドロした残酷な話とも言えるのだが、喜助の作り出す竹人形の美しさ・二人の束の間の幸せの輝きが、裏の事情故に一層引き立つのは確か。薄幸な生い立ちの喜助と玉枝が、ただいっときを共にし、沢山の人を魅了するような美しい竹人形を生み出した。あの時代の無辜の人としては十分過ぎるほどの「生きた証」だったのではないのだろうか。

水上氏がこの作品を描いた背景には「失われた故郷」「失われた日本」を思う心がある、とあとがきにあったが、本当にそれだけだろうか?だいたい「失われた」ものって一体何?
のどかな田舎の風景=電気もガスも水道もない、朝から晩まで重労働を強いられる生活、
寺の小僧=貧しさゆえに年端もいかないうちから寺に奉公に出され親の愛を知らない子供、
我慢強く、従順に男に仕える女性=学も無く男に頼る他生きるすべを持たない女、・・・
それ、復活させたいか?少なくとも惜しまれて無くなったものではないのでは?
そもそもこの本の登場人物たちは、自分たちが「失われた故郷」「失われた日本」の象徴のように扱われることを望むだろうか。あほなこと言いなはんな、うららんてな人間はこの先はもうおらんほうがいいわ…というんじゃないだろうか。

そうではなく「今目の前にあるもの=いつかは消えゆくもの」に対する愛、なのではないだろうか。その存在への敬意と賞賛というべきか。例えば田舎の古寺で思いがけず目にした豪奢な襖絵であるとか、旅の宿の片隅にひっそり飾られた可憐な竹人形の姿であるとか。いつか必ず朽ち果て消えゆく運命にあるが、人を惹きつけずにおかないもの、それにまつわる歴史や因縁に思いをはせることで、物語を見い出すことができたのではないかと思う。小説は誰かに読まれればいつでも「今そこにある現実」を語り出す、だからこそ何十年も、何百年も前の、今の自分とはまったく違う時代を題材にしていても、十分に愉しめるし心を揺さぶられるのだ。

自分たちが生きているこの世界が、かつて相当の重労働と、病苦や貧困に苦しめられた数多の人々によって繋げられてきたことを、時々は自覚すべきかと思う。「今」は必ず「過去」や「歴史」に繋がっている。「失われた日本」や「失われた故郷」は、誰の中にも確かに存在している。