富士の魔力2016/07/01 11:42

ご無沙汰しております!なんてことでしょう、もう最後に更新してから半年以上経過!時のたつのは早いものですね(←)

さて、ちょっとばかり前の話になってしまいましたが、富士山について。
以前、長田のホームページからお問い合わせいただき、大きなサイズの越前和紙をお買い上げいただいた方の個展が、前回と同じ東銀座のギャラリーでひらかれました。
完成間近のころ、メールで一足先に見せていただいた富士山は、タブレットの小さな画面にも関わらず鳥肌が立つほどの神々しさでしたが、1.8×3メートルの実物はやはり相当な迫力でした。
一歩踏み込んだとたん、ギャラリーいっぱいに広がる富士山のすそ野。一枚目の作品、小豆島の「千年オリーブの木」は、ただ静かにそこに佇んでいる、その存在にふんわり包まれるようでしたが、今回は違う!こちらにぐいぐいと迫ってくる何かの力に、引っぱられる感じがしました。
これが色鉛筆で描かれたものとは…前回以上に驚きです。繊細で優しいイメージのある色鉛筆のタッチが、ここまで力強いものになり得るのですね。

静岡生まれの大沼信之さん、富士山には格別の思い入れがあると仰られていました。この絵を描くための習作(といっても完成度が高い!)の数々からもその心は十二分にうかがえます。富士山というモチーフそのものに力があり、それを選ぶことだけでも並大抵のことではない。以前に描かれたものとは明らかに、何かが違うと感じました。
越前和紙が繋いだこの不思議なご縁に、改めて感謝したい気持ちに加え、一種の畏怖の念にもかられています。富士の力を存分に得たこの方は、いったいこの先どのようなものを描かれていくのだろう? 一年の間、全力で大作に取りかかられ、しばらくは休みたいと仰られていましたが、まだまだ、むしろこれからどんどん描いていただきたいと思います。その際、紙の神がおわします越前の和紙がもしまたお役に立てるならば、こんなに嬉しいことはありません。
新たな挑戦、期待しております!

以下、大沼さんのご友人が作られた個展&ギャラリー動画を置いておきます。

私も頑張らなくちゃ…とりあえずブログ更新を。

油団のこと2012/07/03 21:10

大雨災害に遭われた方へ、お見舞い申し上げます。雨は止んだようですがまだまだ警戒が必要かと思います。どうぞご自愛くださいませ。
早く梅雨が明けるといいなあ。
夏が近づくと、福井の実家にこの時期登場するのがこれ、「夏障子」と「油団」(ゆとん)。
わし太夫より「夏障子」参照のこと:
油団(ゆとん)についてはこちらに詳しい→「日本の手仕事」。
和紙を13~15枚貼りあわせ、たっぷりのエゴマ油を塗った敷物。と書くと簡単そうだが、実はものすごい職人技。日本中でもう一軒しか作っていない。使い込めば飴色になり、少々水をこぼしてもOK。元が紙なので、捨てるときは普通に燃えるゴミ(100年持つそうではありますが)。しかも油団の表面温度は、室温より2度もひくいそうだ。すごいぞ油団!

日本橋高島屋の和紙展に出された「油団」。
いっぽう長田家の、使い込まれた50年超えの油団。

埼玉で暮らし始めてもうすぐ20年経つ。集合住宅はそれなりに便利で快適ではあるものの、さすがに狭いので、夏障子入れ替えたり畳上げて干して油団ひいたりとかは難しい。つか出来ない・・・。なので今更ながら本当に羨ましい。夏が来た!て感じがするもんなあ。

梅雨が明け日差しが強くなる頃、まるめて保存されていた油団が登場。
8畳用の油団はこんな大きさ。デカー!
子供の頃、
夏は一番風通しのいい仏間と客間の襖を開け放ち、蚊帳をつってきょうだい三人で寝ていた。今と違い夜はかなり涼しかったものだが、それでもたまにあった熱帯夜。寝苦しい中、うとうとしつつも熱い手足がすこしでも冷たい場所を探す。
なぜか油団は熱くならず、いつでもさらりとひんやり。落ち着く先はいつもここ。
朝方には冷えすぎて、布団に戻る(戻らされる)ことになるのだが。

使う和紙は高品質でなければならないし、手間も時間も相当かかるので、昔から高級品ではあったらしいが、この素晴らしい敷物が消えてしまうのは本当にもったいないしやるせない。これもまた日本の誇る技術の一つだと思う。私も買えるものなら買いたい、ホントに。これを敷いてある旅館がもしあったら、行くよ。

襖にしても同じなのだが、少々面倒くさくて手間のいる、だがうまく使えば長くもつ、捨てるときには潔く捨てられる(普通に燃やせる)。そういうものを今こそ、大事に守り保存するべきなのではないか?
安くてもすぐ壊れるものをどんどん買っては捨てていくより、いいものを長く大事につかう。

それが本来の日本人の姿ではないんだろうか。

自然災害の多い国土であるからこそ、温故知新で。今はいろいろと生活を見つめなおす格好のチャンスなのではないか、と思う。

映画HESOMORIのこと2012/06/06 21:41

さだこ・・・
じゃなく、映画HESOMORIの、タイムスリップ穴です。長田家所有の土地なのよ(自慢)。
などといいつつ、入谷監督に見出されるまでほとんど忘れられていた場所でした。
今はもうHESOMORI穴もなくなってしまったけど、石工だったという曽祖父が切り出した石群は風雪に耐え水害にも耐え、今も静かに其処に立っています。

さて映画HESOMORI、先週に続いて二度目の鑑賞(6/6)。キネ旬★四つが効いたか?それともレディースデーだからか?いやいやおじさんがたが結構多いぞ、ということでまずまずの人出だった。
前回はあまりに身近な風景に胸がドキドキして、正直話そっちのけだったのかもしれない。改めてみるとひとつひとつのシーンがとても丁寧に、思い入れたっぷりに作られていることがよくわかって、さらに楽しめた。

物語(フィクション)を書くというのはなかなか難しくて、書き手は登場人物とその背景を知り尽くした上で、ストーリーの流れにうまく彼らをのせていかなければならない。
ましてこの映画はタイムスリップ物、しかも現在と40年前と幕末という3つの時代を扱っている。
各時代の下調べだけでも膨大だったろう、苦労が忍ばれる。もちろん時代考証は小説だろうが漫画だろうがアニメやドラマだろうが、必ずしなければならないことで、特別なことではないが、
ちょっと感動したのは右近の台詞(うろ覚えですが):

(『(戦うのが怖いというのは)人間なら当たり前のことじゃないんですか』という理子の言葉にこたえて)
「いや、あかんのです。こんな平和な時代なら、それでもいい。だけど、自分の時代では、それは、あかんのです」

時代考証というのは服装や言葉遣いや、街の風景といった見た目だけではなく、その時代ならではの考え方や生き方というのもある。というかそっちのほうが大事。昨今の某大河ドラマでは、その辺なおざりにされている気がして、あまり観なくなってしまった。歴史的なエピソードをやたらと恋愛に絡めるところも凄く違和感。恋愛感情というのもスパイスとして必要なのはわかるが、常に第一に来るのはおかしいだろう。昔の人がそんなに四六時中恋だ愛だと言ってたわけない。むしろ抑えた表現の方が引き立つし、感動を呼ぶのに。

話がズレた。

右近の生きる幕末、責任ある立場の人間ならば「自分も何かせねば」という思いで生きていただろう。身分制もあり選択肢が少ない中で、自分の分をいうものを弁えてそれぞれが戦うべきものと戦った結果、体制は変わり新しい時代が始まった。戦うのは何も剣を以てしてだけではない。時には危険を厭わず戦わなければならないこともある逃げずに立ち向かいたい。右近の台詞はそういう意味である。この映画が作られたのは震災前だが、そこに流れている思いは、震災後に世界を感動させた日本の姿と繋がる。異なる時代をつなぐ思いというのは何も恋愛感情じゃなくてもいいのだ。

といいつつ。右近さんは絶対理子ちゃんに惚れたと思う。
【以下、微妙にネタバレ:ただし個人的な妄想です】
友愛病院前で、理子ちゃんが伊賀並に人質にとられているシーン:
右近が丸腰で理子を助けようとして、危うく脇差で刺されそうに
→すんでのところで伊賀並寝落ち
→思わず理子を抱きしめる右近
→さとし、ムッとして二人を引き離す
→「す、すまぬ」そっぼを向く右近。「いいえ・・・あの、ありがとう」顔を赤くする理子ちゃん
→さらにムッとするさとしの肩をポンポンと叩きニヤつく井口

・・・などというドキドキ胸キュンエピソードもいっこくらい欲しかったかも(すみませんすみません)。というわけで次回は是非、プチプチでいいですからラブも注入お願いします>監督

そんな映画HESOMORIも、東京・名古屋・大阪での上映は残りあと一日!まだ観てない方はGO!ですよ♪
もっと上映館増えて、期間も延びるといいなあ!>映画関係の方
よろしくお願いしまーす(祈)!

ところで、おじ様がたの福井弁はソフトでありながら中々リアルでしたが、
中でも一番自然だったのは渡辺いっけいさん演じるうっちゃん。
「あんなおじさんいるよねー福井に」
ともっぱらの評判でした♪

映画HESOMORIシネ・リーブル池袋(東京)/梅田(大阪)にて上映。
5/26(土)~6/8(金)モーニングショー。池袋は朝10時から。

越前和紙について永島敏行さん語る!【書き起こし】2012/05/24 21:57


HESOMORIポスター

今日の「ごきげんよう」に出演していた永島敏行さん、越前和紙について熱く語ってらっしゃいました。全国放送のテレビ番組で、こんなに越前和紙が褒められたのは初めて?のような気がする。とっても嬉しかったので書き起こししました♪

(サイコロで「皆さんにお願いしたいこと」を出した永島さん)
僕、全然知らなかったんですけど、
皆さんも知らないと思うんですけど…皆に知ってほしいな、と心からお願いしたいとこですけれども、
福井県の越前で、和紙を漉いているんですよね。
1500年前から和紙を漉いているんですって。
(会場どよめく)
1500年前から和紙を漉いていて、
大正時代や何かには、お札になってるそうなんですよ。
僕も全然知らなかったんですけど。

小堺氏:和紙で作ったお札があった?

(頷きつつ)それを越前市の今立というところなんですけど
透かしとか、そういうのも漉けるんですよね。

小堺氏:すごい技術ですね!

いろんな和紙を作る方がいらっしゃって。
ピカソの絵の、画材になった…越前の和紙を使ってたりするんですね
横山大観さんや平山郁夫さんのために和紙を漉く、
8人くらいで大きな和紙を漉くわけです。
そういう話を聞いていたら、
昔、レンブラント、400年前のレンブラントも、和紙を使っていたんじゃないか?て

小堺氏:あの「夜警」なんかの絵の?

(頷く)それはどういうことかっていうと、日本の壺、古伊万里とか、長崎から東インド会社がオランダに送るとき、今プチプチっていう、(緩衝材)ありますよね、あの代わりに和紙を入れてたみたいですね。

小堺氏:はーーー(会場どよめく)

で、オランダに着いたら、壺も素晴らしいんだけど、向こうの人が驚いたの、紙なんですって

小堺氏:強いから!で、キレイだし!

そう。向こうはパピルス、これ本当に切れやすい、書けない、版画や何かにも写らない紙だった。だからこれはどこの紙だ?ていうことになった。

小堺氏:ほーー(会場どよめく)

それで向こうの美術界で、版画や絵に日本のその紙が使われた。
本当に400年前、世界中でほとんど知られてない。
日本の越前和紙があったからこそ、ヨーロッパで絵画が発達した。

小堺氏:売り込んだわけじゃないんですよね?

売り込んだわけじゃないです。

小堺氏:割れないように詰めておいた紙を「これは何だ?」と。
以前ドキュメント番組でやってましたけど、日本の和紙って、ヨーロッパからすごいんですよね、注文が。

すごいんです!

小堺氏:美術界とかが素晴らしいって言うし。

和紙って、KARAOKEみたく、WASHIで英語になってるんです。

小堺氏:すごい国だね!

すごい国だと思います。今だと、ランプシェードとかもあったり。

小堺氏:いろんなものに使えますもんね。

ええ。
(紙漉き職人には)女性がけっこう多くて。
もし興味があったら、越前に行って紙を漉いてみて。
一生出来るみたいですから。

小堺氏:一生、技術を持てば、年齢いっても逆にどんどん腕が上がっていって。

そう、腕が上がっていって、人間国宝とかになっちゃったり。

小堺氏:(紙漉き職人)若い人も増えてるんですって!

<終>

こんな素敵な永島さんが主演の映画「HESOMORI」
いよいよ5/26(土)から東京・名古屋・大阪で上映です!
是非とも観に行かなくては!