副読本「越前和紙の里」紹介(3)2013/01/19 20:26

さてまた大滝つながりです。こんどはちょっと不思議なほのぼの系?ですよ。

「天狗にすかれた小八(こはち)さん」

今から五百六十年くらい前の話(ということは現在では、六百年くらい前:室町中期)
大滝に小八という者が住んでいた。たいそう気のいい者だったが貧乏だったので、いつも働きづめ、近隣の粟田部や五分市くらいまでしか行ったことがなかった。
ある日のこと、杉葉(すんば)や枝などを拾いに山に出かけた小八が帰ってこない。家族は
「裏山に住んでいる天狗に騙されたのでは」
と心配して、親戚や村人を大勢たのんで
「小八を返せやー」
とますの裏を叩きながら探しまわった。しかし見つからない。
二日後、ひょっこりと戻ってきた小八に、何処に行っていたのかと聞くと、美濃(岐阜県)だという。金もなしにそんな遠いところへ2日で行って戻って来れるわけがないだろうというと、小八は
「ほんとや、うら(俺)、美濃の大火事を見てきたんや」
と、二日間のことを話し始めた。

小八が畑仕事をしていたら、天狗が目の前に現れた。赤ら顔に高い鼻、眼光鋭く長い髪を振り乱しながら、小八の鍬を取り上げ
「どこか行ってみたいところはないか」
と聞く。小八が
「大火事がいっぺん見てみたい」
と答えると、目をつぶって背中におぶされ、連れて行ってやるというので言うとおりにした。すると急にすうっと涼しくいい気持ちになり、薄目を開けようとしたが
「重いぞ。目を開けるな」
ときつく叱られた。驚いて目を閉じると、今度はペタペタ水の上を歩くような音が聞こえる。しばらくするともう美濃の山に着いたという。天狗の背中から下りて目を開けると、そこにはゴーっと火煙をあげて燃えている美濃の町があった。驚きつつ眺めていると、天狗がぼたもちをくれた。
話し終わると小八は、
「これがそのみやげのぼたもちや」
と皆に差し出した。

それ以来、小八は年に二、三回ほど姿を隠すことがあった。今度は何処へ行ってきたのかと聞くと、大阪だ、名古屋だ、などと答え、町の様子を面白おかしく話して聞かせたそうな。

とっぴんぱらりのぷう
と思わず〆たくなる日本昔ばなし風の伝説ですが、天狗の話というのは実を言うと大滝では割と現実的でした。私の小学生の頃は夕方遅くまで外で遊んでいると、その辺のお婆さんたちに
「はよ帰らな、天狗が出るんやで」
とよく言われたものです。ある程度大きくなってから、あれはたぶん痴漢とか人さらいとか、要するに不審者に気をつけろということなのだと納得していましたが、最近どうもそればかりとも言えない気もしています。山岳信仰の盛んだった地ですから、実はいろんな「通り道」のようなものがあるのかもしれません。そうそう、前回のお話に出てきた「越知山」もまた、山岳信仰で有名な山だそうです。

大滝というのは山に囲まれていて、一見どん詰まりのような場所にあるのですが、何となく昔から外に向かって開けている、そういうちょっと不思議な土地なのだ、と現在外にいる私は考えています。