残暑お見舞い申し上げます2010/08/20 15:56

お蔭様でアメリカンクラブにも書類を送付、九月末に届くという最終連絡を待つばかりとなりました。英語の勉強は諸般の事情により絶賛進んで…ません。忙しいから出来ないというのは言い訳だ!By英語の神(`□´)┘
はいぃぃい、すみませんその通り。
何もかもが夏休み宿題状態となりつつあります。子供を叱る資格なし。
ぼちぼち行きます。自分を追い込むため、来週月曜からは、ほぼ毎日更新目指しますと宣言します。
皆様、サボっていたらつっこんで下さい(←他力本願)。

むかし語り(一)2010/08/23 23:42


 山間にあるその村では、老若男女、動ける者は皆働いていた。村長である祖父の口癖は、男でも女でも、とにかく手に技をつけろ、だった。金は使えばなくなる、人は裏切る。だがいちどつけた技はなくならないし、裏切らない。錆びつかないように日々精進するのだ、と。その言葉通り、村は守られていた。国は乱れており落ち着くことはなかったが、さまざまな手技を持つこの村を、どの王も粗末には扱わなかった。とくに働き手の若者が兵隊に引っ張られずに済んでいたのは、村一番の腕をもつ祖父の力だった。頑固で厳しい男だったが、誰よりも頼りにされ、誰よりも尊敬されていた。

村の中はそのように平和だったが、戦が止むことはなかった。都に近い村や農地はしばしば跡形もなく焼かれた。遠く離れたこの村にも、時々避難民が現れた。皆口もきけないほど疲労困憊している。右頬に酷い擦過傷を負った男が、与えられた水をごくごくと飲み干したあと、荒い息を整えながら言った。ここも危ない、軍がどんどん南へ下っている。悪いことは言わない、村をあげて海岸近くまで逃げた方がいい。

祖父は腕を組んだまま何も言わず男の顔を見つめた。もう一口水を飲み、なおも言い募ろうと口を開けた男を遮るように祖父は言った。わしらの村は大丈夫だ。安心してここに住みつくがいい。ただしお前もお前の家族も、手に技をつけるのだ。わしらが教えてやる。

男は大きく目を見開いて、祖父の顔をまじまじと眺め、ついで振り向きみずからの妻と子ども、弟たちの姿を見た。ややあって皆深々と頭を下げた。男の目には涙が光っている。祖父は微笑み、力強く頷いた。

むかし語り(二)2010/08/24 22:55

 それから何事もなく数年が過ぎた。私は数えで十になり、祖父に初めて手ほどきをして貰った。普段から父や母、伯父や叔母、兄たちの仕事を横で見ていたので、やり方は覚えていた。祖父はごつごつとした手を添えながら、お前は筋がいい、兄よりきっと上手くなると言った。
 ある時村に兵隊たちが入ってきた。でっぷりと太った赤ら顔の男が白く立派な馬に乗っている。馬は村長である祖父と私たちの家の前で止まった。膝をつき頭を下げる祖父の前で、隊長らしき男は馬から降りもせず、これから王の軍がこの村を通る、ただちに道をあけ、粗相のないようにせよとまくしたてた。祖父は跪いたまま、ははと返事をした。
 村の中心にある通りはさほど幅はひろくなく、家々が立ち並んでいる。祖父は村人と手分けをして道を平らにならし、通りにある家に布をかけた。程なくしてやってきた王は、輿の上から白く清潔な通りを眺め、ほうと声をあげた。あらくれた顔をした兵隊たちも、王の様子に、乱暴を振るうこともなく静々と通りすぎていく。
 私たち子どもは、家の中で待機するように言われていた。女子どもばかりが狭い部屋で息をひそめる。窓の隙間から、今まで見たこともないほど沢山の馬と、甲冑をつけた兵隊たちの行列に釘付けになっていた私は、布の合間から三つ下の弟がこっそり出て行ったことにまったく気がついていなかった。

むかし語り(三)2010/08/26 09:26

 人と馬の整然とした足音が乱れた。何頭かの馬のいななきに、誰かの怒鳴り声と子どもの泣き声がまじった。すぐにわかった、あれは弟の声だ。窓を大きく開けようと伸ばした手を、叔母に押さえられ、両肩を掴まれた。がちがち鳴る歯の音さえ気にしながら、わずかな隙間に張り付くように外の様子を伺った。怒声の主はどうやらあの赤ら顔の隊長のようだ。なんたる無礼、なんたる重罪。ただちに殺せと何度も繰り返している。弟の泣き声はますます大きく響いた。
 平伏したままのせいであろう、くぐもってはいたが祖父の声は凛と張り詰め、よく通った。馬みたさに王の軍に近づこうとするなど、言語道断の無礼な振る舞いであり、死を以て償うべき重罪であることは理解している。だが、頑是無い子どものこと故、今回ばかりはご容赦いただけないだろうか。村長である私が全責任を以て、この愚かな子の性根を入れ替え、鍛えに鍛えて、必ずや王のお役に立てるような立派な職人に育て上げてみせる。どうかお慈悲をいただけるよう、切に切にお願い申し上げる。
 隊長は生意気だと吐き捨て、なおもまくしたてる。それに対し弟の泣き声は徐々に小さくなる。きっと祖父にしがみついているのだろう。皆が固唾を飲んで見守る中、隊長のもとに明らかに他と身なりの違う家来が近づいてきた。慌てて馬から降りて跪く隊長の前で、王の命令が読み上げられる。捨ておいて先に進め。辺りから声にならないどよめきが上がる。平伏したままの男たちの
前を、何事も無かったかのように静々と行列が通り過ぎる。最後尾の馬が村の出口にさしかかり、数十歩進み出たのを見計らって、ようやく皆で安堵の溜息をついた。
 皆が頭を上げ口を開く一瞬前のこと。ひゅん、と風を切る音が静寂の中響いた。
 立ち上がり無事を喜びあう男たちは、初め気づかなかった。ややあって火のついたように泣き出した弟をみて、皆仰天した。
 蹲ったままの祖父の左目に矢が刺さっている。押さえた左手は血まみれだ。弟は祖父の名を呼び、泣き叫ぶ。閉め切られた家の中からも大勢人が出てきて、村じゅう大騒ぎとなった。矢はあの隊長が放ったものだった。自分のメンツを潰されたことに我慢がならず、村の出口に待機し、機を狙っていたのだ。誰より先に頭を上げた弟が標的になったのは当然のことだった。祖父は弟を守るため身を投げ出し、左目を永遠に失った。

むかし語り(四)2010/08/27 22:54

祖父は三日三晩高熱が下がらず、何度も生死の境をさ迷った。家族の懸命な看病の甲斐あって、ようやく熱も引き物が食べられるようになった時、頑健そのものだった体は痩せおとろえていた。手のつけられないやんちゃ坊主だった弟はすっかり人が変わり、朝から晩まで祖父の元で過ごし、看病する父や母、伯父や叔母を助け、こまめによく働いた。

 私はといえば、あえて祖父の部屋には近づかず、家事や他の弟妹の世話をした。祖父の面倒は皆が全力でみている。私は足りない部分を補う役割を担うのだ、幼いなりにそう決意していた。

 ある朝のこと。井戸に水をくみにいった私は、集まった女衆から、ある噂を小耳に挟んだ。祖父を師と慕う若衆の中の、特に血気盛んな者たちが、仇討ちを計画しているという話だ。私はすぐに祖父に知らせた。祖父は父を呼び、小声で何かを指示するとあとは目を瞑った。父はすぐ出かけていき、夕暮れまでには戻ってきた。自分の仕事に専念しろ、すこしでも自分の腕を磨け、それが一番の仇討ちだ。祖父の言葉に誰もが頷いたという。

それ以来祖父は目にみえて回復した。隻眼になったとはいえ、仕事の勘は少しも鈍っていなかった。皆大いに喜び、大いに働いた。村は元通り平穏な日々に戻ったかのように見えた。