むかし語り(十一) ― 2010/09/27 11:44
馬では上がれない急な山道、しかも半分は女子供や老人を連れての道行き故、歩みは決して速くはなかったが、普段からたゆみなく働くことに慣れた者ばかり、程なく山頂に着いた。休息をとるうち下を見ると、地鳴りのような鬨の声とともにもうもうたる土煙が村に向かっている。それは村の手前で一旦止まるも、じりじりと前に進んでいく。土煙が村の半分を覆う前に出発の合図がされ、皆後ろ髪を引かれながらも、転がるように降りていった。馬を連れた兵隊たちには山越えは難しい、無傷であればこそ、少なからず損害を受けているのであればなおさら。
殿をつとめた数人の話によると、土煙は随分長いこと村に留まり、やがて火を噴いた。村全体が火に包まれたところまで見届けた者たちは唇を噛んで黙りこみ、残った者たちと特に親しかった男は人目も憚らず声を上げて泣いた。山の麓でしばし彼らのために祈ったあと、祖父が行くぞと声を上げた。いつもと同じ、力強く凛とした声であったが、何故か私には祖父が泣いているように聞こえた。弟が姉さん泣くな、立てと言った。涙を流していたのは私の方だったのだ。
それから昼となく夜となく歩き続け、皆の疲労が頂点に達した時、誰かが叫んだ。海だ、海が見えるぞ。小さな丘を越え林を抜けると、石のように重くなった足に潮の香りが沁みた。
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