神と紙のまつり2018 その12018/09/18 16:22

9/5より始まった長田和也個展もはや折り返し地点に。
皆さま、この神と紙の木、もうご覧になられましたでしょうか?都内にお出かけ可能な方は是非ぜひお越しくださいませ。
(展示:11:00-21:00、最終日9/24(火祝)は14:00まで)
紙と神の木
さて個展での主たるモチーフとなっているこの木は、岡太神社・大滝神社は川上御前のまします奥の院近く、権現山頂上にございます。
御神木
高さ33メートル、根回り9.8メートルの大木。天然記念物「大滝の大スギ」として地元民に親しまれております。

さて少し時間を遡り、GWに行われた
紙祖神岡太神社・大滝神社1300年式年大祭
についての記事を連続で上げます。
そもそも式年大祭って何?という話は以前書いたこの記事からどうぞ
今回は御神忌(中開帳)という50年に一度という神式の大祭です。次はおそらくもう観られないだろうなと思うと、寂しいというより何か不思議な気がします。

五月二日
お下り(おおり)
白丁姿と紋付袴の駕輿丁番がかつぐ神輿で、山頂の奥の院からご神体を奉迎します。(画像は2013年。権現山中です)
お下り
なお「白丁」とはその名の通り白い衣装を着ています。(はくてい:古代日本の律令制度においては無位無官の公民、調と庸を負担した成年男子を指す)

八照宮 月尾渡御
江戸時代の祭礼記録に残る「八照宮のご神体を月尾神社に迎えた」との記述通り、150年ぶりに月尾地区へご神体が渡御(とぎょ)します。
八照宮とは大滝神社奥の院の境内社名です。つまり権現山から神輿に乗って下りてこられたご神体が、月尾地区へもお渡りになられます。月尾地区とは、権現山を挟んで反対側にある轟井という集落の辺り。これ、地図で見ると大滝神社から奥の院へ続く道と、月尾神社から権現山へ向かう道が繋がっているっぽいんだけど、昔は山を渡っていたのかしら?(後で調べよう
追記※わし太夫より情報。
「八照宮より山道を月尾神社まで下りて、月尾谷の神社を全て廻って大滝に戻って来た」とのこと。昔は月尾神社から奥の院まで神輿担いでお迎えに行っていたらしく、途中に担ぎ手の休憩所があるそうです。

権現様 奉迎
天正3年(1575)、織田信長の大瀧寺攻略の難を木留の地に逃れたご神体が、文室・五皇神社より里帰りされます。
五箇からひと山ふた山廻り込んだ場所。男大迹皇子(のちの継体天皇)が味真野にいた頃、学問所や文庫を置いていたため「文室」という地名になったそうです。こちらでも川上御前は地元の神様として崇敬されています。
雨の中、大滝神社に向かう神輿
岩本神社の上からパチリ。けっこうな雨でしたがお迎えの人出はかなりのもので、傘の列が大瀧神社までまっすぐ続いておりました。

これからふた晩、二人の川上御前が里宮に。積もる話に花を咲かせておられるでしょうか。

【参考資料】
千参百年大祭チラシ(発行:壱千参百年大祭・御神忌実行委員会)

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